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Author:うらーら
フィリピン語を勉強する女子大生。エモーショナルに生きる日々です。



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あなたなんて大嫌い
ここ数ヵ月、このブログを書くのも、見るのも嫌だった
忙しかったのもあるけど、フィリピンでの生活を思い出すと逆に辛くなるような気がしたから、というのも理由だ。

この数ヵ月、本当にいろんな事があった。就活が一番大きいかもしれない。

小学生の時に「アジア大好き」になってから、何の疑問を抱くこともなく、好きなことを追い求めてここまで来た。
しかし、仕事をきめる時点でふと立ち止まらされた。何がしたいのかよくわからなくなった。
これからもアジアにかかわって生きたいけど、具体的にどんなふうに?どの分野で?

「自分はこうなるんだ!」と考えていたことがあったのに、現実の私は届かない。最初から向いてなかったのかも、とも思った。
私が内定をもらった会社は、どれも自分の希望には届かないものだった。

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「夢は変わるものだから」という父親の言葉に、いったんは納得した私。
都心での仕事を選び、内定式に出席した。

都心の一等地で仕事をする。オフィスワーク。安定した給料と環境。自分がやりたいものはこれだったのか…?
愕然として内定式を終えた。楽しかったのは、同期の子たちとの飲み会だけだった。

仕事が興味がない分野でも、大学からの友達と近くにいれば、気の合う同期がいれば、都会にいれば、彼氏がいれば、プライベートが充実していれば、満たされる??私の場合、「ちょっと違う」と感じた。

内定先のどこに行っても、自分の夢にはまだ届かない、と今から知っているのならば、「今の時点」で自分がやりたい!と思える仕事を選んだほうが幸せなのではないか。
内定式の次の日、雨が降って寒かった。私は朝の4時から起きて、一人苦しんでいた。頭が痛い、地元に帰りたくない、でも私のぼんやりと描いてきた夢の行き場はどうなる?

学校に行って、地元のテレビ局に電話を入れた。寒くて電話を手から落としそうになった。
8月に記者クラブでインターンさせてもらってから、一度も、一度も連絡していなかった。
昨日違う会社の内定式に出たのに、何て言われるだろうか。

電話の向こうからは、「連絡してくれるの、ずっと待ってましたよ。若いうちはやりたいことやりましょうよ!!」という人事の人の声が聞こえてきた。私は思わず泣いてしまった。

ずっと地元に帰ってくるのを反対していた母、そして彼氏に話すと、
「あんたの人生なんだから、好きにやりなさい」と返ってきた。

なんだ、こんなもんだったのか笑 意外といろんなことに縛られていた(と感じていた)のは、私だけだったのかもしれない。

社会人になる前に、自分の決断力のなさ、整理のできなさ、情にもろすぎる面などなど、嫌なところを嫌というほど実感した。

これが私の社会人になってからの課題だな、と身をもって感じています。
なんだか社会人になる前から苦い思いでいっぱいですが
最後に、内定先の先輩ディレクターの方からの言葉を載せておきます。

「なんといってもうらーらさんの人生ですからじっくり考えてみてください。ただ、どんな仕事でも理想と現実には大きな隔たりがあり、夢を実現するには努力だけではなく運も必要になります。一度一つの道へ進んだからといって将来が固定化されるわけではないし、将来に向けて様々な選択肢を持ち続けることもできますよ。」





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この記事に対するコメント
ついに更新しましたなー。
いろいろあったが、とりあえずおめでとうね。
君は青森に、私は東京に、すれ違い生活だけどこれからもよろしくー。

夢はいつか目標になり、目標はいつか現実になるんだって。

健康なわけだし、夢をあきらめたわけじゃないから、これからもどんどんがんばれるねー。
一緒にがんばろーぜー。
【2009/10/28 17:37】 URL | おイモ #-[ 編集]


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